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2023年 秋号(45号 vol.12 no.3)

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進化する乳がん治療薬

佐賀大学医学部 血液・呼吸器・腫瘍内科
佐賀大学医学部 創薬科学共同研究講座
教授 木村 晋也

私と乳がんの関係

私の教室は、白血病や肺がんや固形がん(胃がんなど)の薬物療法を行っています。病院によっては、腫瘍内科が乳がん治療をするところもありますが、当院では一般・消化器外科が担当しています。そのため、普段は乳がん患者さんと接することはあまりありません。

私は、骨そしょう症に用いるゾレドロン酸による、がんの骨転移治療に関する研究をしておりました。乳がんは骨転移を来すこともあり、このご縁で乳がん患者の集いである「With You」に参加させて頂いております。

乳がんの治療

乳がんの治療には、手術、放射線、薬物療法があります。手術で、がんを取り切ることが重要です。ただし、がんの広がりによって取り切れないことがあります。このような場合、放射線や薬物療法がおこなわれます。私は内科医であり、分子標的薬の開発にも従事しおりますので、薬物療法、特に分子標的薬について説明します。

抗がん剤は、“がん” になっていない正常細胞も攻撃するため、副作用が強く出てしまいます。がん細胞だけにある異常を攻撃目標とし、正常細胞を傷めることのない「分子標的薬」という新しい考え方に基づいて作られた薬が21世紀になり利用できるようになりました。

乳がんに対しては、まずトラスツズマブ(ハーセプチンⓇ)が分子標的薬として2001年に初めて承認となりました。トラスツズマブは、乳がん細胞の表面のヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)という乳がん細胞の増やす働きのあるたんぱく質を標的とした抗体医薬品です。そのため、乳がん細胞上のHER2に点滴で投与されたトラスツマブが引っ付くと、乳がん細胞は増殖できなくなります。当初は転移性乳がんに対してのみ承認され、その後、適用範囲が広がり、いまでは術後薬物療法や、術前薬物療法でも使えるようになっています。さらに第2世代の HER2阻害抗体やハーセプチンに抗がん剤を結合させた新薬も出てきています。

また飲み薬としては、乳がんに対してラパチニブ(タイケルブⓇ)が2009年に承認されています。ラパチニブは、乳がん細胞の中に入り、「乳がん細胞よ、増えろ!」と指示を出す乳がん細胞内にある司令塔をやっつけます。

分子標的薬は、抗がん剤に比べて副作用は一般的に軽微なことが多いですが、皆無ではありません。ハーセプチンなどによって心筋機能不全を来すことが時にあります。また抗がん剤と併用すると、より心筋の障害が増えるとも言われています。早期に見つければ、薬の中止によって2~4ヶ月で回復します。そのため、循環器内科と早期からチームを組んで治療にあたるようになってきました。

免疫療法

手術、放射線、薬物療法の3本柱に「免疫療法」という第4の柱が出現してきました。これまで「免疫療法」と言うと、少し怪しげなものが多かったですが、京都大学の本庶佑教授の発見された免疫チェックポイントであるPD-1というたんぱく質に対する抗体「ニボルマブ(オプジーボⓇ)」がイメージを一変させました。以後、多くの免疫チェックポイント阻害剤が利用できるようになり、またその対象疾患も広がっています。

トリプルネガティブ乳がんとは、ホルモン受容体であるエストロゲン受容体とプロゲステロン受容体、そしてHER2蛋白質の3つとも乳がん細胞に存在しない乳がんのことであり、乳がん全体の10~20%を占めます。治療の攻撃対象がないことから、ホルモン療法や抗HER2療法の対象にはならず、抗がん剤による治療が行われてきましたが、効果は不十分でした。

免疫チェックポイント阻害剤であるアテゾリズマブ(テセントリクⓇ)やペムブロリズマブ(キイトルーダⓇ)がPD-L1陽性のホルモン受容体陰性かつHER2陰性の手術不能または再発乳癌で承認され利用できるようになり、効果を示しています。

現在受けている治療で、完治ができなくても

乳がんに対する薬は、日進月歩で進化しています。たとえ現在受けている治療で完治ができなくても、現在開発中の新薬で完治の可能性があります。諦めず、悩み過ぎず、治療を継続し、いつの日か完治しましょう!