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2023年 冬号(46号 vol.12 no.4)

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妊娠授乳期の乳がんについて ~ママのブレストアウェアネス~

がん研究会有明病院 乳腺センター 乳腺外科
片岡 明美

1.はじめに

我が国の乳がん患者数は近年急増していますが、その原因に晩婚化と少子化という女性のライフスタイルの変化が考えられています。生殖医療技術の進歩もあり、40歳前後での高齢初産も増えていますので、今後は妊娠中や授乳期に乳がん治療を受ける女性の増加が懸念されています。

2.妊娠関連乳癌(PABC)とは

妊娠中や授乳期に診断された乳がんのことを妊娠関連乳癌(PABC)と言い、診療現場では通常の乳がんとは区別して対応しています。PABCは検診の対象年齢の40歳以下に多く、大きく緊満した乳房のために発見が遅れ、進行していることが多いために、治癒しにくいという特徴があります。また、PABCの中でも、妊娠中に診断された乳がん(PBC)と、産後1年以内または授乳期に診断された乳がん(LBC)に分けて検査や治療を行います。

2.PBCの診断と治療

胎児への影響を考え、薬剤使用や放射線被ばくを極力控えつつも、母体の安全(=がんの進行による生命予後のリスク)を優先します。がんの進行が急速でなければ、先天奇形のリスクの低くなる妊娠中期になるのを待って全身麻酔下での手術を行い、出産後に薬物療法と放射線治療を行います。がんの進行が急なときには、胎児の状況をみながら抗がん剤治療を開始し、計画分娩を行い、産後にも治療を追加します。妊娠中のがん治療は周産期管理も同時にできる専門施設で行います。

3.LBCの特徴

出産後の女性の乳房では、授乳から断乳へと乳腺組織の退縮過程でおこる乳腺組織内の微小環境の変化(involution)が起こり、その環境下ではがん細胞の転移や浸潤が促進されるため、LBCはPBCよりも、進行やすいと言われています。
がん研究会有明病院乳腺センターでのPABCの状況をみてみますと、1946年から2018年に乳がん手術を受けた約3万人の女性のうち、PABC は175人(約0.6%)、うちLBCは 126人、PBCは 49人でした。背景因子を比較すると、 LBCはPBCに比べてリンパ節転移が多く化学療法を受ける割合が高く、再発や乳がん死亡が多いことが分かりました。ただし、経年的にみると、2005年以降に治療を受けたLBCの女性は、それ以前に治療を受けた方たちよりも早期発見された傾向にあり、予後も有意に改善していました。女性たちの意識向上と集学的治療の効果と思われます。

4.乳がん発症と妊娠・授乳の関係

最近、京都大学の小川先生らの研究で興味深いことが報告されました(Nature 620, 607–614)。女性の乳腺細胞は加齢によって遺伝子変異が蓄積するものの、出産・授乳を経験するとその遺伝子変異がリセットされ、閉経すると変異の加速度も落ちるということです。これは、出産授乳の経験の少ない女性や40歳代後半の女性に乳がんが多いという説明になります。また、妊娠中はエストロゲンというホルモンにより乳腺細胞が増殖していますが、授乳が終了するとそのホルモン刺激がなくなり遺伝子変異の多い乳腺細胞は急速に脱落していきます。そしてそれまで休眠していた幹(かん)細胞(さいぼう)から新しく乳腺細胞が増殖し、乳腺組織が再構築されていきます。PBCはこのエストロゲンに依存した状態で存在していますから、産後急速にエストロゲンがなくなることで、がん細胞そのものも退縮する可能性がありますが、産後から授乳期に診断されるLBCは、そのエストロゲンへの依存性がなく、リセットされずに生き延びていたがんなのでより悪性度が高いがんであることの説明がつきます(図)。


図. 出産授乳後の乳腺の再構築とPABC(東京医科歯科大学ホームページ https://www.tmd.ac.jp/press-release/20230727-1/ より改変引用)

5.ママのブレストアウェアネス

これまで、PABCは頻度が少ないため、診療現場では特殊ケースとして個別の対応に苦慮してきました。女性にとっても妊娠、授乳期という通常とは異なる心理・身体的状態でがん治療を受けることは並大抵のものではないと思います、
PABCは治りにくい条件下にはあるとはいえ、薬物療法の進歩により治療成績は向上してきています。わが国に限らず、女性の初産年齢の高齢化と少子化は世界共通の傾向であり、誰でも乳がんのリスクが高くなっています。妊娠・授乳期という特殊時期であっても、早期発見ができて適切な治療を受ければ、母子ともに健やかに過ごせる可能性が高くなります。いつもと胸の形や張り感が違う、授乳後に硬いしこりが残る、母乳に血が混じる、赤ちゃんが急に母乳を飲まなくなったなどは、乳がん発見のきっかけになる症状です。皆さんもどうぞ周りのママたちにも「ブレストアウェアネス」のお声掛けをお願いいたします。