認定NPO法人 J.POSHについて

認定NPO法人 J.POSH理事長からのごあいさつ

私が長い間こころのなかで思いつづけ、わたくしの仲のいい友達が集まって始めることができましたこの運動は、わたくし自身が、乳がんの患者さんを知る医師であるとともに、たったひとりの姉を乳がんで亡くした患者の家族であったからです。

乳がんになられた患者さんにふだんの生活のなかで接する方は、あまりおられないかもしれません。

ですから、乳がんを取り巻く状況がどんなものであるかは、あまりピンとこないかもしれません。

しかし今、乳がんが増え続けていて、女性の癌の中で一番多い現実からすれば、案外他人事ではないかもし れません。

癌の告知を受けたその日から、乳がんの患者さんは、想像を越える絶望感や悲壮感にさいなまれ常に悩み、常に死に対する恐怖心と闘わなくてはなりません。

患者さんの家族にとっても、辛く重くるしい日々が続きます。

しかし、医療の現場では、体は治しても心のケアーができる体制は、残念ながら未熟と言わざるを得ません。患者さんは、いまでもひとりぼっちなのです。

私の姉は、46才の時に乳がんを発病し、49才の時にこの世を去りました。短い人生でした。

姉は、聡明でやさしく、頼りがいのある人でしたが、後には夫と二人の息子が残されてしまいました。

他の乳がん患者さんの家族の方と同様に、姉を亡くした後は、私を含めて家族のみんなのこころには、悲しさと空白感と寂しさが残りました。家族もまた深く傷ついたのです。

私は思いました。

もし、姉や患者さんの乳がんがもっと早く検診で見つかっていたら!

もし、患者さんが、体も心も安心して、ゆだねられる医療の場があったら!

もし、乳がんで親を亡くした子供達が、元気になれたら!

私と 私の仲間は、この”もし”を”ほんとう”に変えるため、この日本で、ピンクリボン運動を始めました。

私たちは”微力”ですが、頑張ります。

みなさまのご理解とエールをください。きっと”おおきな力”になります。

この”おおきな力”が、必ず私たちの次の世代を救うと思っています。

For the future generation!

よろしくご支援のほど、お願いいたします。



認定NPO法人 J.POSH(日本乳がんピンクリボン運動)
理事長 乳腺専門医 田中完児

理念 – J.POSHの活動 –

J.POSHの活動は以下の3つ根幹となる活動に基づいています。


  1. ”すべての女性”に対する啓発活動
  2. ”乳がん患者さん”に対する活動
  3. ”乳がん患者さん家族”に対する活動

この活動の詳細な内容につきましては、このホームページに掲載させていただいております。

すべては”乳がんで悲しむ方を一人でも少なくしたい”、”無くしたい”という一心で活動を行っております。

そして、その先には私たちの次の世代に健康で幸せな未来を残すことです。

理念– J.POSHの活動 –図

ピンクリボン運動とは

乳がんについての正しい知識を多くの人に知っていただき、その結果乳がんから引き起こされる悲しみから一人でも多くの人を守る活動です。

ピンクリボン運動のはじまり(1980年代)

ピンクリボン運動はアメリカで始まりました。乳がんで亡くなられた患者さんの家族が“このような悲劇が繰り返されないように”との願いを込めて作ったピンクのリボン。ここから乳がんの啓発運動がスタートしました。乳がん患者が増えつつあった1980年代、行政、市民団体、企業などが乳がんの早期発見を啓発するためのイベントを展開、また、ピンクリボンをあしらった商品を頒布してその売り上げの一部を啓発団体、研究団体に寄附することが始まりました。その活動が発展し社会貢献として積極的に寄付活動に取り組むようになり、市民や政府の意識を変えました。

ピンクリボン運動のひろがり(1990年〜)

乳がん患者さんの多い欧米で、1990年代より急速な広がりを見せ始めました。
特にアメリカでは、1993年にナショナル・マンモグラフィーデー(10月第3週の金曜日)が制定されました。乳がんの早期発見の手段と重要性を国中に広げるための活動が、政府・関係学会・市民団体・企業が提携、協力し大きく広がりました。

日本でのピンクリボン運動への取り組みとしましては、1995年1月に発生した「阪神淡路大震災」を機に、ボランティア活動気運が高まり、98年3月に議員立法により「特定非営利活動法人」(NPO法人)法が制定されました。このことがピンクリボン運動拡大のきっかっけとなりました。

ピンクリボン運動 日本では(2000年~)

NPO法誕生を機に、市民が行う自由な社会貢献活動が多方面で活発化しました。
ピンクリボン運動は、医療関係者主導、医療関係者と製薬会社や保険会社とのコラボ、医療関係者と患者会のコラボ、新聞社主導などさまざまな活動母体によってはじまりました。乳がん啓発活動(ピンクリボン運動)を展開するNPO法人も広がりを見せ始め、乳がん啓発月間である10月に東京、神戸、仙台など大都市でウォーキングイベントが繰り広げられました。また、NPO法人の形をとらない患者会なども医療従事者が中心となって全国に広がっていきました。

ピンクリボン運動 日本では(2010年~)

全国各地で、乳がん啓発団体や患者会が地域で集まりそれぞれの自治体も巻き込んで様々なイベントが行われるようになり、ピンクリボン運動が日本中津々浦々に広がっていきました。その結果、乳がん啓発活動の象徴である「ピンクリボン」という言葉自体も社会の隅々まで浸透しました。また、ピンクリボン運動自体も、イベント中心の活動から乳がんについてのより詳しい情報の学習とそれを広めていくことに代わってきました。