がんと向き合う親子とともに -Hope Treeの願いと支援の輪-
NPO法人Hope Tree
代表理事
大沢 かおり
このたびは、貴重な紙面をお借りして、私たちNPO法人Hope Tree(https://hope-tree.jp)の活動をご紹介させていただく機会をいただき、心より御礼申し上げます。
はじめに簡単に自己紹介させていただきます。私は1991年より東京都目黒区の東京共済病院で医療ソーシャルワーカーとして勤務し、2003年には自らも乳がんの治療を経験しました。2007年からは乳がん相談支援センター専任となり、これまで多くの乳がん患者さんの相談に対応してまいりました。そして2008年、親ががんになった子どもたちとその家族を支えるために、NPO法人Hope Treeを設立し、代表理事を務めています。
乳がんは、子育て期の女性にとって身近ながんの一つです。診断や治療に伴う変化は、患者さんご本人だけでなく、ご家族の生活にも大きな影響を与えます。患者さんと関わる中で、親の病気を経験する子どもたちの心にも、不安や戸惑い、言葉にしづらい感情があることに気づかされてきました。治療によって家庭のリズムが変わったり、理由を知らされないままお母さんの体調不良を目の当たりにすることで、子どもたちにさまざまな影響が生じることがあります。
Hope Treeは、そうした子どもとその家族を支えるために設立されました。医療ソーシャルワーカー、臨床心理士、チャイルドライフスペシャリスト、医師、看護師など、多職種の専門職が集まり、「親が病気になっても、子どものたくましい力を育みたい」という思いのもと活動しています。
当時の日本では、「親ががんになった子ども」への支援は前例がほとんどなく、家族支援においても子どもの視点は見落とされがちでした。そこで私たちは、海外の専門家を招いての講演会やワークショップを開催し、2010年からは国内初となる子ども支援プログラムCLIMB®(Children’s Lives Include Moments of Bravery)を開始しました。
CLIMB®(クライム)は、親ががんと診断された家庭で育つ6歳から12歳の子どもたちを対象としたグループプログラムです。親ががんになるといろんな気持ちになりますが、「どんな気持ちになっても大丈夫」というメッセージを伝え、工作などを通して自分の気持ちを表現したり、周囲に伝える方法を学び、「対処する力」を育んでいきます。親のがんを正しく理解し、自分なりに受けとめていけるよう、専門職がやさしくサポートしています。
また、同じような経験をした仲間と出会い、共に過ごす時間そのものが、子どもたちにとって大きな支えになります。「自分だけじゃなかった」と感じられることが、安心感や自己肯定感、そして親のがんと向き合う力へとつながっていきます。
これまでの参加者からは、「ママが病気って聞いてすごく怖かった。でも、同じ気持ちの子がいてホッとした」 「本当のことを話せたのがうれしかった」 「1回目に行ってたのしくて、つぎがたのしみになって、とてもうれしくなりました。さいごのひはかなしかったです。またあいたいな、とおもっています」 「工作が楽しかったです」などの声が寄せられています。
CLIMB開催中、親(患者さんと配偶者)は別室で「CLIMB親プログラム」に参加します。親グループの目標は、親ががんであることに関連する悩みに子どもが向き合うのを親が手助けできるようにすることです。セッションでは、親のがんと子どもの発達に関する情報、親自身のストレス管理、親子のコミュニケーション、回復力を家族で高める方法などを学びます。
参加したがん治療中のお母様方からは、「同じ境遇の子どもたちと、サポートしてくださるスタッフの方々との関わりを通して、家庭だけでは足りない部分に寄り添っていただき、娘自身が心を解放できたと感じています」「がんの話は“暗いもの”という認識だったので、できれば話したくないものという暗黙の了解みたいなものがありましたが、一緒に楽しく課題をこなしていくうちにただ現実に起きたひとつの出来事として向き合うものへと変化しました。」
「子どもには安心感を、親は新しい視点を授けてくれたと思います」「がんや治療によってできた距離が縮まったように思います。気分的に楽になりました。」「“不安”“悲しい”と言葉に表したり、甘える事ができるようになりました」「毎週すごく楽しみにしていました。私以外のがんのお母さんに会ったことやそのお友達に出会えたことが嬉しく、安心したようです。もっと話したいといっていました」といったお声をいただいています。
Hope Treeでは情報提供にも力を入れており、「子どもとがんについて話してみませんか」など4種類の冊子を制作し、無料でお届けしています。ご本人からのお申込みはもちろん、医療機関からのご依頼も多く、幅広くご活用いただいています。
私たちがCLIMB®のような直接支援と並行して医療者向けの教育にも取り組んでいるのは、私たちが東京で活動しているだけでは、全国の子どもたちに支援を届けきれないからです。地域の医療者が、子どもをもつ患者さんにどう関わればよいかを学ぶことで、より多くの子どもたちに支援が届くようになります。実際、こうした医療者の働きかけにより、支援の輪が全国に広がってきています。
さらに、必要な支援に出会えない方にもヒントを届けたいと考え、『がんになった親が子どもにしてあげられること』(ポプラ社)という本も執筆しました。子どもへの伝え方や接し方、家庭でできる工夫などをわかりやすく紹介しています。「どうしたらいいか、自分で考えるきっかけになった」という声もいただいています。ぜひ多くの方に手に取っていただけたら嬉しく思います。
2022年には、こうした取り組みが評価され、公益財団法人 日本対がん協会より「日本対がん協会賞(団体の部)」を受賞しました。これからも、がんとともに生きる親子の力になれるよう、活動を続けてまいります。