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2026年 夏号(56号 vol.15 no.2)

患者の声が医療をつなぐ -リンパ浮腫医療の現状とこれから-

患者の声が医療をつなぐ -リンパ浮腫医療の現状とこれから-

リンパ浮腫ネットワークジャパン
(リンネット)
代表 岩澤 玉青

乳がんの治療の後に、新たな病?がん治療後に続く苦しみ
~リンパ浮腫という後遺症~

乳がんを罹患した方は「リンパ浮腫」という言葉を聞いたことがあると思います。

乳がんをはじめ、がん治療後に発症する可能性のある「リンパ浮腫」は、リンパ節やリンパ管の損傷によって腕や脚がむくむ、進行性かつ難治性の後遺症、つまり、発症すると生涯つきあっていく病です。

リンパ浮腫は命に直接関わる病気ではないためか、これまでがん医療のなかでも軽んじられていた感はぬぐえません。しかし本人からすれば、痛みや重だるさ、外見の変化、ケアのわずらわしさ、感染症のリスク、孤独や将来への不安など、大きなストレスを抱えて人生を歩むことになります。

リンパ浮腫になって味わった、猛烈な孤独感から患者団体を設立

私自身も乳がん術後1年半後の蜂窩織炎(ほうかしきえん)発症をきっかけに腕がパンパンに腫れあがりました。がん治療中は、多職種によるチーム医療体制が組まれ、多くの人に支えられ治療を受けました。ところがリンパ浮腫を発症した途端、その環境との大きな落差に直面することになりました。

がん治療とリンパ浮腫の環境比較
がん治療中 リンパ浮腫
主治医・相談先がある 相談先が分からない(特に0期)
必要な情報が提供される 自力で探す
適切な医療へつながる 辿りつけないことが多い
保険診療が基本 自由診療になることも多い
多職種の支え・支援がある 孤立しやすい

 

不安いっぱいで相談したところ、院内のリンパ浮腫外来を紹介してはもらいましたが、予約は数週間後。日に日に腫れあがる腕と高熱に恐怖を覚えても相談できるところはありません。ふらつく頭でネット検索し、ようやくリンパ浮腫専門のクリニックに辿り着き、やっと蜂窩織炎と診断され、抗生物質の処方と2週間の安静を言い渡されました。会計で自費診療と言われたときは、風邪でも保険が使えるのに、がん治療の後遺症で保険が使えないリンパ浮腫は、「社会に認められていない疾患なのか」と愕然としました。

何より辛かったのは、親しかった「がん友」が治っていく中、置いてきぼりになったという猛烈な孤独感でした。大好きだった翻訳の仕事も、腕のむくみで長時間パソコンを使うことができず辞めることになり、さらに落ち込みは増しました。

きっと、私と同じように苦痛や孤独を味わっている人がたくさんいる。この環境を改善したいとの想いから、リンパ浮腫ネットワークジャパン(通称リンネット)という全国ネットの患者会を立ち上げました。2019年11月、コロナ禍が広まる直前のことです。

リンパ浮腫の課題はがん治療後を生きるがんサバイバーシップの課題

「こんなはずではなかった」

これは、がん治療中や治療を終えた多くのリンパ浮腫患者が口にする言葉です。
リンパ浮腫はがんとは違い一般に認知度が低い後遺症です。そのため、周囲の理解を得られず、孤立、生きづらさを抱え、なかには仕事を辞め、外出を避け、社会とのつながりを失っていく人もいます。

がん医療が進歩し、長く生きられる時代になり、「治療後をどう生きるか」が重視されるなか、リンパ浮腫を含む後遺症支援は取りこぼされてきたと感じます。リンパ浮腫の問題は、単なる「むくみ」の問題ではなく、がん治療後の人生をどう支えるかという、”がんサバイバーシップ”の課題そのものです。

患者は「入り口」で困っていた
~調査結果から見えてきた、保険診療に辿り着けない患者たち~

リンネットでは、リンパ浮腫患者の実態を知るべく、オンラインのおしゃべり会を開催し、まず患者さんのリアルな声に耳を傾けました。2023年にはアンケート形式による実態調査を実施したところ、わずか2週間でリンパ浮腫発症者や、可能性のあるがん経験者1,333人から回答が寄せられました。

そのうちリンパ浮腫を発症、もしくは違和感があると回答した772人中77%が「リンパ浮腫の医療環境において困ったことがある」、62%が「自分はリンパ浮腫難民だと感じたことがある」と回答しました。

さらに経済的な負担も深刻で、保険診療で複合的治療を受けられている患者は49%にとどまり、半数以上は自費診療を選択せざるを得ない状況で、治療継続を断念する患者の声も多数寄せられました。

象徴的だったのは、多くの回答者が自由回答欄に困りごとのコメントをびっしり記していたことでした。

調査から見えてきたのは、患者が「入口」で困っているという現実です。がん治療中は、適切な医療につながる導線があります。しかしリンパ浮腫では、違和感を覚えて相談しても、「様子を見ましょう」と専門外来を紹介されない、紹介されても「診療まで数カ月待ちだった」「遠方で通院できない」「他院患者は受け入れていないと言われた」という声が多く寄せられました。結果、患者自ら医療機関を探さざるを得ない状況が生まれています。

リンパ浮腫は、専門的な技術を持つ医療者による診断、治療が不可欠ですが、適切な医療機関に辿り着けず、治療をあきらめてしまう患者も多いのが実態でした。

リンパ浮腫は進行性の疾患で、早期に適切な治療へつながれないと、症状の悪化だけでなく、社会活動へ大きな影響を及ぼします。

この悪循環を改善するために、私たち当事者が現状を俯瞰で精査し、声を上げることが重要だと考えました。

なぜ”リンパ浮腫難民”が生まれるのか根源にあったのは「病院は保険診療を行うほど赤字になる」構造的な問題

患者は、医療を探している。そして必要な医療が存在していても、そこへ辿り着けない患者が数多く存在している。
なぜこのようなことが起こるのか。リンパ浮腫を専門的に診る医療体制や情報の不足はすでに分かっていましたが、学会有識者や医療者へのヒアリングを重ねたところ、問題の根源は保険制度や診療体制、医療連携など、構造的な問題であることが浮き彫りになりました。

【医療施設の主な課題】

  1. 「やればやるほど赤字」の保険制度(診療報酬の低さ)
  2. 「開設・維持すら困難」な厳格なルール(施設基準・算定要件の厳しさ)
  3. 「他院の患者まで手が回らない」現場の限界(人員・時間・経済的制約)
  4. 「どこへ繋げばいいか分からない」連携の不在(がん治療からのシームレスな連携基盤未整備)

つまり、患者が治療を受けられないのは、決して患者の努力不足ではなく、診療報酬の低さや厳しい要件・基準、そして連携基盤の未整備こそが、患者と医療を隔てる「見えない壁」となっていたのです。

患者の声を社会へ
~リンネットの取り組み~

こうした課題を、社会全体の課題として可視化し、医療や制度へつないでいく必要がある――。その思いから、リンネットは「医療環境の改善」に向けた取り組みを続けてきました。

【リンネット主導の政策提言への取り組み】

2022年
第4期がん対策推進基本計画の策定時にリンパ浮腫に関する要望書を提出(83患者団体、7学会、1協議会、1協会の連名)
2022年
保険改定の陳情活動に参画
2023年
「リンパ浮腫治療の保険適用に関する実態調査」を実施
2025年
厚生労働副大臣へ「リンパ浮腫に関する要望書」を提出(58の患者団体、10学会、1協議会、2協会連名)、厚労省への陳情

厚労副大臣へ陳情後の令和8年度 診療報酬改定では、長く動かなかったリンパ浮腫に関わる以下3つの要件が改定になりました(6月1日より施行)。

  1. リンパ浮腫複合的治療料の見直し
  2. ICG蛍光リンパ管造影検査に対する保険収載
  3. 婦人科がんのセンチネルリンパ節生検手術に対する保険収載

今回、なぜこの改定が必要なのか、患者にどのような利点があるのかを、リンネットのサイトで記事にまとめました。
(記事はこちら) https://lymnet.jp/2026-06-01/

今回の改定は、長年にわたる関係学会や医療者、患者団体の活動の積み重ねの上に実現したものです。リンネットも独自の実態調査をもとに当事者の声を行政に訴える形でさらなる前進への一端を担えたことに、大きな意義を感じています。

とはいえ、まだまだ課題は残っています。リンパ浮腫は決して一部の患者だけの問題ではなく、がん治療後を生きる多くの人に関わる課題です。今後も歩みを止めることなく、産学官民と立場を超えた連携によって、リンパ浮腫患者が必要な支援、医療につながれる社会を目指していきます。

リンネットでは、同じ志を持ち活動を共にしてくださる仲間を募集しています。ぜひお気軽にお問い合わせください。


リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)とは

リンネットは、2019年に設立されたリンパ浮腫に特化した全国患者団体です。
「患者支援」「医療環境の改善」を柱として、患者交流会や相談会、情報発信を行うとともに、実態調査や学会・医療者・行政との対話、政策提言などにも取り組んでいます。患者の声を社会につなぎ、誰もが適切な治療と支援につながれる環境づくりを目指して活動しています。

(リンネットサイト)https://lymnet.jp