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29号 vol.8 no.3

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サバイバーが小・中生にがん教育

※J.POSH事務局より 前号(2019・夏)でご紹介した「NPO法人くまがやピンクリボンの会」が展開している小中学生を対象にしたがん教育。『がん教育、生命(いのち)の授業』と銘打った授業は子供たちへの教育ばかりでなく、受けた児童・生徒らが保護者に「がん検診を勧める」副次的効果も大きい、といいます。乳がんサバイバーである栗原和江代表理事が目指す『検診率向上』に向けた「がん教育」の実態についてご執筆頂きました。

【はじめに】

サバイバーが話すがん教育を始めたのは6年前の2014年6月からです。
きっかけは、2013年2月4日、国立がん研究センターにて開催されたUICC世界対がんデー公開ワークショップ「小学生からのがん教育」報告の中で、NPO法人がんサポートかごしまの三好綾理事長のプレゼンテーションを拝聴したこと。がん教育の必要性と地元熊谷市のがん検診率の向上のためには「教育」しかない、という思いからでした。
同年(2013年)、熊谷市協働事業提案制度「熊谷の力」の応募(第1次審査は書類審査、第2次審査がプレゼンテーション)し、翌年単年度の採用が決まりました。初年度は熊谷市内小中学校29校31回の授業を展開。ことのほか児童生徒らの反応が良く、感想文に確かな手応えを評価され、翌年からは「委託事業」として予算が付き、契約を交わし、現在に至っています。弱体NPOとしては「予算が付く」ことはとても運営を維持していく上で大きな意味合いがあります。
お隣の行田市も同様に現在、委託事業として小中学校を回っています。小学校は45分間、中学校は50分間授業です。2019年度は、埼玉県立白岡高校、深谷市立はばたき支援学校、嵐山町立中学校2校、越谷市立中学校2校、アルスコンピュータ専門学校、十文字女子大学、子育て支援センター等の要望を受け授業を実施しています。
また、埼玉県内外から教育関係者、市議会議員など多くの参観希望を頂き、学校側も気持ちよく受け入れてくださっています。

【がん教育「生命(いのち)の授業」について】

がん教育の目的(目指すもの)は、「がんを正しく知る」、「健康と命の大切さを気づかせる」の2点ですが、副次的効果として、子どもが父母等に「がん検診を勧める」点が顕著に検診率アップとして反映されています。
また、同時に「いじめ防止」や「自殺防止」、偏見や差別をなくすことにも繋がっています。市内の某中学校では敢えて夏休み明け直後に授業実施を希望される校長先生もいらっしゃいます。なぜなら、統計的にその時期に自殺が多いからだとか。

【文科省:「がん教育」の在り方に関する検討委員会】

埼玉県初のがん教育について、同会で報告されました。国の推奨する5大がんのいずれもが以下のように、がん教育実施年度から5~7ポイントもアップしています。

【サバイバー講師とスタッフ】

現在、乳がん、子宮頸がん、前立腺がん、小児がんの家族など現在講師は9人います。それぞれの体験談の中で、がんを宣告された時の思い、治療中のこと、生活習慣、がん検診、家族への思いや家族からの応援、がんを乗り越えた現在の気持ちや活動、キャンサーギフト、がん患者の家族として、母として、娘としてのメッセージなどを話します。
1コマの授業は3人の講師が交代で話します。記録係、写真係を合わせ毎回5人のスタッフで学校に伺います。
基本的ながんの話やがんクイズなど30分、体験談は1人10分で2人。原稿を作り、パワーポイントにまとめ、年度初めには必ず教育委員会先生方の前で模擬授業をし、チェックを頂いてから、学校での授業がスタートします。
差別用語や学校での禁止用語、難しい医療用語は使わずに、分かり易く児童生徒に授業を届けるためです。例えば、「父兄」や「両親」(シングルファザーやシングルマザーのご家庭への配慮)は使わず「保護者」で統一。「コンビニ弁当」という言い方も使いません。

【事前打ち合わせ】

授業に行く前、先方の学校との打ち合わせに重点を置いています。がんで闘病中のご家族や、がん以外でも病と闘っているご家族がいらっしゃるかどうか、あるいは、近々でご家族を亡くされた児童生徒がいたりするので、事前に保護者の方に、このがん教育を受けていいかどうかの確認を取っていただいています。それでも、学校側で把握しきれない場合があり、当日それがわかり、泣き出してしまう生徒もいました。スタッフは授業中の子どもたちの様子に変わったことはないかどうか目配りをしています。
また、校長先生や教頭先生の考え方で「うちはこういうスタイルでやりたい」っていう希望を基に話し合ってやっています。こじんまりした学校であれば、コミュニティルームのようなところで膝を突き合わせてやったり、保護者参観がある学校では生徒の隣に保護者が座ってうけてくれたり。スタイルはいろいろです。フリー参観日に合わせ実施する学校もあります。保護者向けに視触診モデルを持参し、「プチ乳がんセミナー」も開催しています。

【過去5年間のエピソード】

●普段やんちゃで手を焼いている児童(付属小6年)が授業終了直後にまっすぐ手を挙げて質問。「僕のお父さんは脳腫瘍です。お父さんは死にますか?」。お父様はもう8年間、病と向き合って来られたそうです。ですので、「お父さんは、きっと大丈夫!」と答えると、キラキラっとした笑顔を向けてくれました。なにも事情を知らなかった男性担任は授業後校長室で号泣。「彼が不安定だったのは、いつもお父さんが心配だからだったのだと。彼に悪かった」と…。
●熊谷市立江南北小学校長「大腸がん」、江南中学校長「膀胱がん」、吉岡中学校長「前立腺がん」、富士見中学校体育教師「骨肉腫」…授業中にカミングアウト、その後、生徒らは先生たちにとても優しくなったとか
●大原中学校学年主任は20代で胃がん。「がんにならなければ陸上のオリンピック選手候補でした。当時、子どもは赤ちゃんでした。何としても生きたい。その一心で治療を頑張りました」と授業前挨拶でカミングアウト。生徒らの真剣さがグッと増しました。
●某小学校児童が授業を受けた1年後に白血病で他界。クラスメイトは最後まで普通に彼に接していたそうです。大人でもなかなかできることではありません。養護教諭は、「がん教育を受けていて本当に良かったです」と話してくださいました。
●熊谷市立妻沼東中学校学年主任の男性教諭が妻を乳がんで失くし、シングルファザーになりました。「今日は1年間の中で最も重要な授業です…」と授業前にカミングアウト。「中学生の息子をひとりで育てています。夜はほか弁になるときもある。けれど朝は具沢山のお味噌汁を作り送り出しています」と。生徒全員が胸に手作りピンクリボンを着け、授業に臨んでくださいました。
●授業中、中学2年生の女子が泣き出してしまいました。母親が乳がん治療中で、「お母さんが乳がんになったのは自分のせいだ」と数年間、ずっと思い悩んでいたと、授業後打ち明けてくれました。その日の夜、お母さんから連絡があり「娘の気持ちを全く知らなかった」と。現在、そのお母さんは当会運営委員となり、一緒に啓発活動をしています。

【イプの効果】

10年前、アメリカ在住の友人が乳がんの硬さと大きさの携帯モデル「イプ」を教えてくれました。このイプを日本で作る許可を得ようと友人を介し、アメリカ対がん協会に手紙を出し、日本で唯一、許可を得ることができました。一昨年、弊会役員メンバーとアメリカ対がん協会のニューヨーク本部に行き、お礼を伝えてきました。
イプは、熊谷市立小中学校の保健室に置いてあります。がん教育授業中に、児童生徒ら全員にイプを体感してもらっています。インタビューをしながら授業を進めていくんですけど、みんな声を揃えるように「硬いね」、「こんなに硬いの?」、「こんなの体にできたらどうしよう」、「お母さんに教えなくちゃ」とか、敏感に反応してくれます。「これが乳がんの硬さなんだ」ということが記憶に残る、良いツールになっています。
年間で約5000人の子どもたち、保護者皆さんから感想文(アンケート)を頂いています。私たちがいつも子どもたちから感動を頂いています。中学3年生の男子生徒が一行詩を寄せてくださいました。「私にとって生命(いのち)とは、神様がくれた時間で、終わりの時間は検診で変えられるもの」。これからもスタッフ一同、真摯に、学校との連携を大切に、がん教育に携わっていきたいと思います。

NPO法人くまがやピンクリボンの会
代表理事 栗原 和江