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2026年 春号(57号 vol.15 no.3)

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いろんな出会いから学んだ「HBM」

腫瘍内科、 若手育成、 臨床試験、 養老先生、 AYA week、がん教育、 〇〇腫瘍学、 第九合唱、 映画監修…

がん研究会有明病院
乳腺内科部長
高野 利実

はじめまして。腫瘍内科医の高野利実です。
 
腫瘍内科のない時代に腫瘍内科医を志し、道なき道を手探りで進んできた私ですが、多くの患者さんに支えられて、なんとかやってきました。国立がんセンター中央病院で腫瘍内科のトレーニングを受けたのち、東京共済病院、帝京大学病院、虎の門病院という3つの病院で腫瘍内科を立ち上げました。2010年から10年間在籍した虎の門病院臨床腫瘍科は、全国から腫瘍内科医を志す若者が集う、一般病院では「日本一の腫瘍内科」になりました。2020年からは、がん研有明病院乳腺内科に赴任し、今は乳がん診療に専念しています。
 
私には、3つの夢があります。
1つ目は、日本中に腫瘍内科を根付かせること。本物の腫瘍内科医を増やし、全国のがん患者さんのお役に立てるようにしたいと思っています。そんな未来に向け、日本臨床腫瘍学会の医学生・研修医向けの企画などを通じて、若手育成に尽力しています。
2つ目の夢は、臨床試験で世界にエビデンスを発信すること。私は、西日本がん研究機構(WJOG)の乳腺グループ長を務めていて、多くの大規模臨床試験を手がけてきましたが、さらに世界と競争・協調しながら、新しいエビデンスを創って世界中の乳がん患者さんに貢献したいと考えています。
そして、3つ目の夢は、HBMを実践すること。腫瘍内科を根付かせて、世界にエビデンスを発信できたとしても、その先に患者さんの幸せがなければ、意味がありません。HBMとは、「Human-Based Medicine(人間性に基づく医療)」という、私が研修医のときに造った言葉で、患者さんの価値観や人間どうしの語り合いに基づいて医療を行い、人間の幸せを目指す考え方です。このHBMを追求することが、私の最大の夢です。
 
HBMの原点となったのは、「バカの壁」で有名な養老孟司先生の「人間がモノサシ」という言葉でした。養老先生は私の大学生時代の恩師で、電撃退官したあとも追っかけて、「目からうろこ」の話をたくさん聞かせてもらいました。あれから30年が経ち、養老先生は今、小細胞肺がんを患って、免疫チェックポイント阻害薬の治療を受けています。そんな恩師と話してみたいと思い立ち、昨年、30年ぶりの再会が実現しました。箱根の別荘にも2回お招きいただき、計8時間にわたって、がん、医療の意味、生老病死、昆虫、ネコ、AI、唯脳論、など、様々なお話をさせていただきました。この対談の内容は、「“幸せ”よりも “居心地”のよい生き方」(ビジネス社)という本になって、今年出版されました。
「医療は人間の幸せのためにある」という私の想いを伝えたところ、養老先生は、「『幸せ』よりも『居心地のよさ』の方がしっくりくるんだよね」とおっしゃいました。確かに、私は、文章で「幸せ」という言葉を多用しているのに、診察室では、あまり「幸せ」という言葉を使っていませんでした。「幸せ」は、抽象的な概念で、自分のものとして捉えにくい面があり、患者さんに実感をこめて語りにくかったのだと思います。それに対して、「居心地のよさ」であれば、自分の感じ方にほかならず、ありありとした実感のこもった言葉として語ることができます。なので、最近は、こう言うようにしています。
「医療は『居心地のよさ』のためにある」
 
医療のあり方、特に、がんという病気との向き合い方については、多くの患者さんたちと語り合い、悩みながら、ずっと考えてきました。答えの出ない問いもたくさんありますが、ヨミドクターのコラムなどを通じて、私なりに考えたことを文章にしてきました。最近は、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(2023年、ビジネス社)、「がんの不安やつらさは、どうすればラクになりますか?」(2025年、ビジネス社)といった本を出しています。
X(@ToshimiHBM)やインスタグラム(@toshimitakano_hbm)など、SNSでの発信も、実名と実顔を出して、おそるおそるやっています。難しさを感じることも多々ありますが、影響力もあるのを実感しています。皆様にもフォローしていただけると嬉しいです。
 
気持ちがラクになるような考え方をあれこれと模索していて、最近よく使うフレーズは、「MustではなくWantで」です。何かをしなければいけないという「Must」で自分を追い詰めてしまうのではなく、自分がやりたい「Want」を大切にすることを提案しています。
がんはゼロでなければいけないと思い詰めるのではなく、「withコロナ」でコロナを克服できたように、「withがん」の考え方でもよいのではないか、といったお話しもよくします。がんがあっても、「居心地よく過ごせること」が大切ですね。
 
患者・家族支援や、サバイバーシップケアに関わる機会も多く、社会的支援が手薄だといわれるAYA世代(15~39歳くらい)のがんについて理解を深めるための啓発活動「AYA week」にも参加しています。今年3月のAYA week 2026では、実行委員長を務めました。テーマとして掲げたのは、「誰もが生きやすい明日へ」。
これは、AYA世代に限った話ではありませんが、がんという病気には過剰なイメージがつきまとっていて、まわりの人たちの理解も十分にあるとは言えず、病気や治療の影響以上に、がん患者さんは、社会的な生きづらさを感じています。社会全体の理解を深めるために、子どもだけでなく、大人への「がん教育」も必要だと考え、取り組んでいるところです。
 
私は、何かと声をかけられやすいみたいで、いつの間にか新しい活動に巻き込まれていることがあります。「〇〇腫瘍学」「〇〇オンコロジー」という、がんと他領域を融合させた学問が次々と生まれていますが、なぜか私はそういう「〇〇腫瘍学」にはたいていかかわってきました。「運動腫瘍学」「栄養腫瘍学」「腫瘍循環器学」「腫瘍脳卒中学」など、けっこう話題になっているものもあります。
専門分野の壁を超えて、いろんな方と出会い、ご縁が広がっていくのは、とてもありがたいことで、そうやって新しいムーブメントが起き、がん患者さんが居心地よく過ごせる社会に近づいていけるのであれば、とてもやりがいのあることだと思っています。
自分の人生を振り返ってみても、患者さんをはじめ、多くのご縁があって今がある、というか、人とのつながりだけで私は生きてきたのだと、しみじみと感じています。
今年4月には、がん研有明病院主催で行われた「がん患者さんが歌う第九チャリティーコンサート」の合唱団に、医療者として参加しました。193人の合唱団の多くはがん患者さんで、それぞれの想いを抱えながら、20回の練習を重ね、交流を深め、いつしか「兄弟」となり、「歓喜」を高らかに歌い上げることができました。この体験は、私にとっても、かけがえのないものとなりました。医療現場では、大変なこともいろいろあるのですが、ベートーベンの想いや、合唱仲間の患者さんたちの想いに触れるうちに、自分にとって大切なものが何なのかに気付けたように思います。
 
今年のカンヌ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞して話題となった、映画「急に具合が悪くなる」で、私は医療監修を務めました。医療監修と言っても、関わった部分はわずかなのですが、この映画で描かれる「人間のつながりの美しさ」は、HBMに通じるものがあり、この素晴らしい映画に出会えたのを運命のように感じています。
 
とりとめもなく、いろんな「出会い」について書かせていただきました。今回寄稿の機会をいただき、今この文章を読んでくださっている皆様とつながれたご縁にも感謝しています。
これからも「出会い」や「人とのつながり」を大切にしながら、「誰もが居心地よく生きられる明日」を目指していくつもりです。