2007年度に神奈川県に寄贈しました検診車です
最終更新日:2009年07月02日
世界のピンクリボン運動
ピンクリボンは、アメリカの乳がんで亡くなられた患者さんの家族が、「このような悲劇が繰り返されないように」との 願いを込めて作ったリボンからスタートした、乳がん啓蒙運動のシンボルマークであり 乳がんに対する理解と支援のシンボルです。
「乳がんで悲しむ人をなくす」ために、欧米を中心に世界でピンクリボン運動がおこなわれています。 運動のシンボルマーク・ピンクリボンのデザインも、運動団体ごとに異なりますが ピンクリボンの願いは1つ 「乳がんで悲しむ人をなくす」ことです。 NPO法人 J.POSHのシンボルマークは、ピンクリボンをモチーフにデザインしました。
ピンクリボン運動は、アメリカの乳がんで亡くなられた患者さんの家族が 「このような悲劇が繰り返されないように」との願いを込めて作ったリボンからスタートした 乳がんの啓蒙運動です。 乳がん患者が増えつつあった1980年代のアメリカで始まり、行政、市民団体、企業などが 乳がんの早期発見を啓蒙するためのイベントを展開したり、ピンクリボンをあしらった商品を頒布し その売り上げの一部を財団や研究団体に寄付するなど、積極的に取り組み、市民や政府の意識をかえました。
アメリカでは、1993年にナショナル・マンモグラフィーデー(10月第3週の金曜日)が制定されました。 乳がんの早期発見の手段と重要性を国中に広げるための活動が、政府・関係学会・市民団体・企業が 提携、協力し1985年にスタートし フォード前大統領夫人のベティ・フォードさんや娘のスーザン・フォードさんも参加し大きく広がりました。 活動の目的は、様々な理由でマンモグラフィー検診を受けられない人にも その障壁を除いてマンモグラフィー検診を受診してもらうことです。 欧米では、ピンクリボン運動が盛んになったことで、人々の意識がかわり、マンモグラフィー検診が普及し 治療法の向上と併せて、乳がんによる死亡率が1990年頃から低下しました。
様々なピンクリボン運動が行われていますが 例えば 化粧品メーカーのエスティー・ローダーは、2000年より「グローバルランドイルミネーション」を ピンクリボン月間である10月に開催し、世界20都市・25も有名な世界の歴史的建造物を ピンクリボン運動のシンボルカラー・ピンク色にライトアップします。 日本では、東京タワーがピンク色にライトアップされました。
乳がんの知識や情報を得られなかったため、適切な治療を受けられず姉・スーザンを亡くした 妹・ナンシーが1983年に設立した「スーザン・G・コーメン・ブレストケア・ファンデーション」が主催する 世界でもっとも参加者を集める5キロマラソン「レース・フォア・ザ・キュア」 1983年アメリカ・ダラスで始まり、現在は全米107都市で開催、100万人が参加しています。 参加者はメッセージゼッケンを付け 乳がん闘病中のすべての人たちを勇気づけ讃えながら、走ったり歩いたりします。
ここ数年、日本でもピンクリボン運動が盛んになり、市民団体・専門家・企業・患者さんの会などが 乳がんの早期発見の大切さ、乳がんの正しい知識を知ってもらうための様々な活動を行っています。
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